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札舞台機人謀 四幕

公開済みストーリー・相関図

公開済みストーリーをYouTubeで公開中!!

1章 札舞台機人謀 一幕

2章 札舞台機人謀 二幕

3章 札舞台機人謀 三幕

4章 札舞台機人謀 四幕第1話~第2話

相関図

▼クリックして拡大▼

 

第4章 札舞台機人謀 四幕 第3話

○鯛蔵の稽古場(回想)

  ヨルスケの稽古場に、
  ここではない別の稽古場の
  映像が重ねられている。
  映像の中では、
  舞台上で
  ヨルスケが
  稽古をしている。


「この世の名残、夜も名残、
 死にゆく道を
 たとえれば――」

  と、客席から声がかかる。

???
「やめだ、やめ!」

  声の主はヨルスケの師匠、
  鯛蔵で。
  怒気を隠さず
  ダメ出しを始める。


「お前、
 真面目にやってるのか?」

ヨルスケ
「もちろん
 手は抜いてないよ」

ヨルスケ
「それに、今の口上で
 俺にダメ出しするのなんて、
 君くらいだと思うけど」

鯛蔵
「お前の見た目に
 キャーキャー
 言ってるだけのファンと
 師匠を一緒に
 するんじゃねぇよ」

鯛蔵
「素人は騙せても、
 玄人は騙せねぇ。
 口先だけじゃなくて、
 もっと心で演じろ!」

鯛蔵
「前からそう教えてんのに、
 いつになっても
 出来ねぇなぁ!」

ヨルスケ
「君に教わった通りに
 やってるんだけどなぁ」

  ヨルスケ、失笑し、

ヨルスケ
「もう少し具体的な
 ご指導を頂戴できれば
 今すぐにでも改善できると
 思うんだけどねぇ?」

鯛蔵
「お前、
 日に日に
 偉そうになるな」

  鯛蔵、ニヤリとして、

鯛蔵
「初心者同然だったお前に
 技術をつけさせて、
 ここまで売れっ子に
 育ててやったのは、
 どこの誰だ? ん?」

ヨルスケ
「よっ、天下のカブキ役者、
 最年少・人間国宝!
 最年少・白綬褒章受賞!!
 二川鯛蔵大師匠殿~!!」

ヨルスケ
「未熟者のヨルスケめに
 何卒ご指導、
 ご鞭撻のほどを~!!」

鯛蔵
「おう、
 わかってんじゃねえか!
 天下に名優は数居れど、
 髪の一房から汗の滴り、
 鼓動脈拍に至るまで
 総身が名役者と言やあ
 この俺、十三世
 二川鯛蔵をおいて
 他にいねえだろう!!」

鯛蔵
「フフン、教わる側の
 振舞いってのが
 ちゃあ~んと
 理解できてるじゃねえか」

鯛蔵
「よぉし、
 もう一度最初から
 やってみろ!」

ヨルスケ
「……単純な人だなぁ」

  映像がフィルムを
  交換したかのように
  乱れる。
  稽古終盤まで
  時間が飛ばされた模様。
 
  鯛蔵はヨルスケの舞に
  納得がいっていない
  様子。

鯛蔵
「……ふむ……」

ヨルスケ
「……やっぱり
 良くないかい?」

鯛蔵
「お前、『死』ってもんを
 分かってるか?」

  突飛な言葉に
  きょとんとなる
  ヨルスケ。

ヨルスケ
「は?」

鯛蔵
「ヨルスケ、
 お前の藝は
 確かに優れている」

鯛蔵
「否、俺の方が
 優れているがな!
 人間なのにコードマンより
 優秀な俺!
 素晴らしき哉!」

ヨルスケ
「その話長くなるなら
 お暇させて頂くよ~」

鯛蔵
「待て待て。
 だからな……」

鯛蔵
「例えば、この話は
 心中ものだ。
 義理人情、浮世の定め……
 あらゆるしがらみで
 どうしようもなくなった
 男女が共に死ぬ

最後、
 男は愛する女を
 殺すわけだが……」

ヨルスケ
「嗚呼、哀しき運命だねぇ」

鯛蔵
「本当にそう思うか?」

ヨルスケ
「もちろん。
 『死』は理解はしてるさ」

鯛蔵
「理解とか言ってる時点で
 ダメなんだよ。
 頭じゃねぇ、
 心で感じなきゃ……

コードマンには
 分からねぇのかなぁ……。
 お前らはバックアップさえ
 とっておけば
 何度でもやり直せる……」

鯛蔵
「いくつでも命が
 あるみてぇなもんで……
 だとしたら……

感じられなくて
 当然っちゃ当然なんだよな」

  鯛蔵は残念がるように
  憐れむようにそう
  独り言ちる。
  その様を見た
  【プレイヤー】は
  「まるでお芝居みたいな
   言い方だなあ」と
  違和感を覚える。
  しかし映像の中の
  ヨルスケはどこか図星を
  指されたような
  顔をしていて。

ヨルスケ
「………………」

鯛蔵
「そういや人を
 殺すこともできねぇんだろ?
 はは、そりゃ殺す演技も
 ウソっぽくなるわけだ」

ヨルスケ
「おかしなことを言うね。
 その理屈で言えば、
 名役者は揃いも揃って
 殺人犯ということに
 なってしまうよ」

ヨルスケ
「君だって、
 人を殺したことは
 ないだろう?」

鯛蔵
「あるよ」

ヨルスケ
「……!」

  目を瞠るヨルスケ。
  鯛蔵は意地悪く舌を出して。

鯛蔵
「……ま、冗談はおいといて」

鯛蔵
「この野郎ぶっ殺してやる! 
 くらいの気持ちになら
 なったことあるさ」

鯛蔵
「だからな、
 お前にはそういう……
 ……なんつーか、
 『真実味』みたいなのが
 乏しいんだよなァ……」

  鯛蔵の『真実味』という
  言葉に、極々微かに
  眉を曇らせるヨルスケ。
  しかし一瞬で
  おどけた空気を纏って。

ヨルスケ
「君とは違うかもしれないけど
 俺もそれなりに
 知名度もあるし、
 ファンもついてる役者
 なんだけどね」

  自分には鯛蔵とは
  別ベクトルの魅力があると
  うそぶく。
  それを聞いた鯛蔵は
  静かな気迫を込めて
  ヨルスケを睨む。

鯛蔵
「……俺の話聞いてたか?」

  閉口するヨルスケ。

鯛蔵
「お前もせめて
 『死』を感じられれば
 芝居もホンモノに
 なんのかねえ……」

鯛蔵
「そしたら、お前も……」

  お前には欠けている
  ものがあると、
  言葉の外に滲ませる鯛蔵。
  ヨルスケの方は、
  馬鹿馬鹿しいと言いたげに
  ヘラヘラ笑っている。

  と、そこにブンキチが
  やってくる。


「鯛蔵師匠、
 お車の準備が
 できています」

鯛蔵
「おう、今行く」

  鯛蔵、稽古場を出る。

ブンキチ
「……ヨルスケさんも
 大変ですね」

  ブンキチ、
  鯛蔵がいなくなった途端、
  ヨルスケにすり寄ってきて。

ヨルスケ
「え?」

ブンキチ
「だって
 あなたは今をときめく
 人気役者じゃないですか!
師匠も権威のある方ですが、
 コードマンのあなたに
 適うわけがない

あの人、誰に対しても
 上から目線ですが、
 あなたにまで
 ああいう言い方を
 するとは……」

ヨルスケ
「面白いよねぇ」

ブンキチ
「えっ……」

ヨルスケ
「実力があるのも事実だし」

ブンキチ
「そ、そうですか?
 師匠の芸なんて、
 古臭いし、堅苦しいし……
 ヨルスケさんの方が
 よっぽど……」

ヨルスケ
「君、もっと見る目を
 養った方がいいよ。
 不不不……☆」

ブンキチ
「は、はぁ……」

  ヨルスケの物言いに
  首をかしげながら、
  稽古場を出ていくブンキチ。

  ヨルスケがひとり残される。

ヨルスケ
「……ホント、
 師匠は面白い人だよ

人間のように
 『死』を分かれなんて
 無理なことを言うしさぁ

俺はコードマンとして
 『藝』を極められれば
 それでいいのに……」

ヨルスケ
「コードマンとして……」

ヨルスケ
「『藝』を……
 極める……」

ヨルスケ
「『藝』を……?
 極め、る……?」

ヨルスケ
「『藝』を……………………
 極める………………………
 ………………………………
 ………………………………
 ……………………………?」

ヨルスケ
「師匠なら、俺を……」

  投影されていた映像が
  乱れ、途切れる。

○稽古場(現在)

  現在の稽古場に
  覆いかぶさっていた
  ヨルスケの記憶が
  幕を引き払ったかのように
  するりと消える。

ホログラムのヨルスケ
「……一旦、幕間としようか」

【プレイヤー】
「……鯛蔵って
 なんか嫌な人だね」

ホログラムのヨルスケ
「そう思う?
 俺は尊敬してたよ。
 言うだけの事はある
 人だったからね

……さて、続きを観るかい?
 君が本当に知りたかったのは
 なぜ善良なるコードマンが
 師匠を殺せたのか……だろう」

ホログラムのヨルスケ
「まぁ、後悔しても
 知らないけどね。
 苦苦苦苦……☆

 浮浮……☆
 冗談さ」

ホログラムのヨルスケ
「本当は俺も、
 ずっと君に
 観てほしかったんだ」

  ふたたび稽古場に
  映像が投影される。

○鯛蔵の稽古場(回想)

  ノイズが混じっており、
  内容の判別が難しい。
  鯛蔵の所作と
  ヨルスケの所作が
  飛び飛びに映し出され
  それとは無関係と
  思われる会話が
  雑音を縫って
  少しだけ聞こえてくる。

ヨルスケ
「……………………」

鯛蔵
「偽装は…て済…せてあ…。
 ……キ…の奴の記…を
 …じっ……いた。
 ………は自分が俺……したと
 …い込…はず」

鯛蔵
「探偵…………した
 ビホルダーにも………ある
 これで警察は……に
 辿……けない」
 
ヨルスケ
「……………………」

鯛蔵
「……バックアップは……
 全ての機関から
 サ……に買い取……
 ……った」

鯛蔵
「………『かめ』の中に……
 隠して…………」

鯛蔵
「お前は…の理…
 貌の…い透き……た
 人…だ……
 お前に、『……』なんて
 いらな、い……」

鯛蔵
「これで……
 俺は…台に殉……
 最…の俳…
 役…為……んだ…
 本…の………者だ……」

鯛蔵
「俺こそが……
 真の………………」

ヨルスケ
「……………………」

  突然、舞台が
  克明に映し出される。
  そこには鮮血に
  沈む鯛蔵と――
  小刀を手にして直立する
  赤く染まったヨルスケが。
  
  【プレイヤー】が
  よく見ようと身を
  乗り出した途端、
  映像は暗赤色に
  滲んでいって――

  消えてしまった。

//END

 

第4章 札舞台機人謀 四幕 第4話

  現在のヨルスケの稽古場。
  赤く染まった映像は消え、
  ホログラムのヨルスケは
  ニコニコと微笑んでいる。

【プレイヤー】
「い、今のは……」

  先程の映像の断片が
  飲み込めず、
  立ちくらみに襲われる
  【プレイヤー】。
  ホログラムのヨルスケは
  何事もなかったかのように
  留守番のセリフを
  繰り返している。

ホログラムのヨルスケ
「ご来場の方々、
 ご足労痛み入りまする。
 然し現在、
 旅に出ておりますゆえ、
 またお越し頂ければ
 幸甚なり~」

  「鯛蔵殺しの真相」が
  未だ語られないことに
  強い違和感を覚える
  【プレイヤー】。

【プレイヤー】
(見せたく、ない……?
 見せられない……?)

  ひとまず得られた
  情報から糸口を得ようと
  【プレイヤー】は
  記憶をたどる。
  そして、鯛蔵の発言と
  思しき言葉を思い返す。

○回想

鯛蔵
「……バックアップは……
 全ての機関から
 サ……に買い取……
 ……った」

鯛蔵
「………『かめ』の中に……
 隠して…………」

○ヨルスケの稽古場

【プレイヤー】
「かめの、中……?
 隠して……?」

  唯一まともに聞き取れた
  言葉を思い出した
  【プレイヤー】。
  しかし何の事か
  見当がつかない。
  しばらく考えた末に、
  シャーロットに
  頼ることを思いつく。

  アウロスギアに連絡を
  入れると、すぐに
  シャーロットとつながり、
  彼女のホログラムが
  投影される。


「【プレイヤー】君?
 どうしたんだい?」

  事情を知ってか知らずか
  優しく聞いてくれる
  シャーロット。
  【プレイヤー】は
  映像のことを話す。

シャーロット
「なるほどね……
 キミの話を統合するに……

鯛蔵氏は
 ヨルスケのバックアップを
 買い集めてひとつに
 まとめたんじゃないかな?

そしてそれを
 『甕』の中に隠した。
 そんなところだろうね」

【プレイヤー】
「甕って……
 そんなのどこにも
 見当たらないけど……」

シャーロット
「昔、まだ現代的な
 音響設備が
 整っていない時代、
 舞台の床下には
 いくつもの甕が置かれていた
 そうなんだ

その甕があることで、
 舞台上の音を良くしたり、
 余計な音を
 吸収してくれたり……」

シャーロット
「ま、それをやってたのは
 カブキじゃなくて
 ノウなんだけどね」

シャーロット
「ゲン担ぎじゃないけどさ、
 ヨルスケの舞台の下にも
 置いてあるのかもしれないね
 『甕』が」

【プレイヤー】
「探してみる」

  舞台袖へまわって
  階段を降り、
  舞台の地下――
  奈落へと降りていく
  【プレイヤー】。

シャーロット
「探す?
 探してどうするのさ
 ってちょっと、
 聞いてるー?」

  【プレイヤー】は
  アウロスギアを置くと
  奈落を這って
  甕を探し始める。

シャーロット
「……………………」

  【プレイヤー】の手から
  アウロスギアが離れたのを
  察すると、別回線で
  誰かに連絡を取り始める
  シャーロットで――

○テレビ局

  番組の収録を終え、
  楽屋へと戻ろうと
  しているヨルスケ。
  タブレットを手にした
  ブンキチが駆け寄り、
  次の予定を伝えてくる。


「……ヨルスケさん、
 収録おつかれさまでした。
 この後はカブキ座での……」


「……いや、稽古場に戻るよ」

ブンキチ
「え?
 ですが……」

ヨルスケ
「虫の知らせって
 やつさ
 怖怖怖……☆」

  意味深長に
  笑い声をこぼす
  ヨルスケで。

○ヨルスケの稽古場

【プレイヤー】
「あ、あったーーーー!!」

  埃塗れの【プレイヤー】、
  わきに抱えた甕の中から
  小さなチップを
  取り出して頭上に
  掲げる。

シャーロット
「それが、ヨルスケの
 バックアップが入った
 物理メディア……」

  シャーロット、
  不思議そうに小首を
  傾げて

シャーロット
「『死』の獲得、か……
 一体、これのどこが……」
 
  【プレイヤー】が
  シャーロットの独り言の
  意味を聞こうとしたとき、
  すぱん、と客席側の
  扉が開け放たれる。
  そこには実体のヨルスケが。
  驚き飛びあがる
  【プレイヤー】。

ヨルスケ
「【プレイヤー】、
 見つけたんだね、
 俺のバックアップ……」

ヨルスケ
「それで? 君はそれを
 どうするつもりなんだい?
まさか……
 ビホルダー君に
 渡したりしないよねぇ?
 苦苦苦苦……★」

シャーロット
「ビホルダーに……?
 そうか、【プレイヤー】君、
 キミは、サムラ・ビホルダー氏に
 ヨルスケのバックアップ
 捜索を頼まれて……」

  【プレイヤー】の葛藤、
  バックアップ探しの
  理由を察したシャーロット。

  ヨルスケは、
  アウロスギアから投影
  されている
  シャーロットの
  ホログラムに気付いて、

ヨルスケ
「おやあ、探偵君まで
 絡んでいたとは……。
 いつの間にビホルダー君と
 手を組んだんだい?」

シャーロット
「ボクはただ
 【プレイヤー】君に
 頼まれて……」

ヨルスケ
「言い訳は無用。
 聞きたくないな」

  ピシャリとはねのける
  ヨルスケ。
  そして、【プレイヤー】を
  じっとりとねめつけて。

ヨルスケ
「【プレイヤー】……
 裏切り者に
 ふさわしい最期は……
 何だと思う?」

  【プレイヤー】に
  にじり寄ってくる
  ヨルスケ。
  居竦まる【プレイヤー】に
  シャーロットは
  慌てて声をかける。

シャーロット
「早く外に出るんだ、
 【プレイヤー】君!
 誰でもいい! 助けを!」

  【プレイヤー】は
  弾かれたように駆け出す。
  ヨルスケの反対側、
  舞台袖の楽屋口へ
  走っていく。
  去り際に目が合う
  シャーロットとヨルスケ。

  ヨルスケは、ゆっくりと
  歩いて後を追う。

ヨルスケ
「……怖怖怖★
 【プレイヤー】
 まさか君が
 彼に靡くとは……」

ヨルスケ
「……残念だよ」

○ヨルスケの稽古場
 舞台裏・廊下

  舞台裏を走る
  【プレイヤー】。
  搬入口――舞台裏の
  出入り口まであと少し。

シャーロット
「【プレイヤー】君!
 もうすぐ出口だね?
 外に出たら、
 すぐ人目のつく場所に……」

【プレイヤー】
「わかった……!!」

  と、アウロスギアが
  輝き、突然
  【プレイヤー】の前に
  壁が立ち塞がる。
  慌てて足を止める
  【プレイヤー】。

【プレイヤー】
「……え!?
 何、ここ……?」

○とある病院

  眩い光と大きな音に
  包まれ、方向感覚を
  失う【プレイヤー】。
  光と音が止み、気が付くと
  稽古場での映像のように
  【プレイヤー】が
  今いる場所の上に
  過去の記録と思しき
  映像が重なっている。
  現実の居場所が掴めず
  立ち往生する
  【プレイヤー】。
  どうやら病院の映像が
  重なっているらしい。
  
  ここは鯛蔵の病室。
  ベッドの上には鯛蔵。
  その横にヨルスケと
  ブンキチが立っている。

ブンキチ
「まったく……」

ブンキチ
「自分の立場も
 考えてください。
 酔っ払って道端で
 倒れたなんて
 週刊誌に面白おかしく
 書かれますよ」


「あの程度の酒で
 気絶しちまうなんて、
 俺も歳かねぇ。ハハ!」

  豪快に笑う鯛蔵。
  ヨルスケは、
  どこか沈痛な面持ち。

ヨルスケ
「………………」

ブンキチ
「……師匠が
 目を覚ましたこと、
 奥様にご連絡してきます」

  病室を出るブンキチ。
  それを見計らったように
  ヨルスケは鯛蔵に
  声をかける。

ヨルスケ
「……大丈夫なのかい?」

鯛蔵
「あぁ、問題ない。
 頭は打ってない
 みたいだしな」

ヨルスケ
「俺にウソは通用しないよ」

鯛蔵
「……え?」

ヨルスケ
「脈拍や鼓動の異常で、
 ウソ偽りは見抜けるのさ」

鯛蔵
「ああ……」

  コードマンの能力を
  失念していた、と
  ぽかんとなる鯛蔵。
  しかし、【プレイヤー】
  だけが奇妙な違和を抱く。

【プレイヤー】
(鯛蔵さん、
 今、笑った……?)

  ヨルスケは膝を折り、
  視線の高さを
  ベッドにもたれる
  鯛蔵の顔に
  合わせる。

ヨルスケ
「……何かよくないことが?」

鯛蔵
「………………」

  窓の外に目をやる
  鯛蔵。
  しばしの沈黙。
  やがて、ぽつりと
  『本音』を語り始める。

鯛蔵
「……人間はどうして
 死んじまうんだろうな」

鯛蔵
「もう永くないってよ。
 余命宣告された」

ヨルスケ
「……!」

鯛蔵
「……カブキ役者として
 俺は既にこの上ない
 技量を手に入れた
 だけど、
 その『先』には
 まだ行けてない

 藝を極めた者だけが
 辿り着ける極地。
 その神髄へ……」

鯛蔵
「なのに……
 ……俺の命は……
 もう……」

鯛蔵
「これが浮世の定め……
 ってか
 フ……フフ……
 莫迦らしい……」

  哀愁と無念を纏う
  その姿に、ヨルスケは
  何か言葉を
  かけようとして――

ヨルスケ
「……師匠……」

  しかし、適切なセリフが
  見つからず、すぐに
  口をつぐんでしまう。

鯛蔵
「……なぁヨルスケ。
 俺の代わりに……
 その先に到達してくれよ。
 俺が見られなかった景色を、
 お前が見てくれ」

鯛蔵
「やって、くれるよな?」

  鯛蔵の真剣な眼差し。
  ヨルスケは視線を逸らす。

ヨルスケ
「……師匠が望むなら」

鯛蔵
「ヨルスケ――」

  鯛蔵がヨルスケの
  手をぐっと握る。
  ヨルスケは言葉を失くし
  俯いてしまう。

ヨルスケ
「……………………」

○鯛蔵の稽古場

  舞台の上には
  造り物の森と偽りの社。
  鯛蔵とヨルスケが
  寄り添い合っている。
  さらさらと紙の雪が降る。
  鯛蔵が、ヨルスケの手に
  そっと刃物を握らせる。

『この世の名残、夜も名残。
 死に行く道を
 たとえれば……』

『あだしが原の道の霜、
 ひと足ずつに消えてゆく』

『夢の夢こそ――』

  鯛蔵がヨルスケに
  しがみつくように
  身を近づけて。
  混乱の面持ちで
  弱弱しく首を振るヨルスケ。
  それを無視し、鯛蔵は
  ヨルスケの腕を
  強く引き寄せる。
  すう、と鯛蔵の
  腹に刃物が
  すべり込んでいって。

鯛蔵
「――それでいい」

  歓喜に震え
  無上の笑みを浮かべる
  鯛蔵。
  ごぶり、と欲望のように
  醜く血潮を吹き出す。
  返り血を浴びた
  ヨルスケは動けなくなる。

鯛蔵
「これで『俺』は……」

  瞬間、ノイズが走り
  映像を上から書き潰す。
  きゅるきゅる、と
  数十秒前に戻った様子。

『夢の夢こそ――』

  ヨルスケが鯛蔵の腹に
  切っ先をそっと当てる。
  悲しくも力のこもった
  表情のヨルスケ。
  決意を問うように
  鯛蔵と視線を交わすと、
  ヨルスケはぐっと
  その手に力を込め――
  刃物を鯛蔵に押し込んだ。

鯛蔵
「――それでいい」

  ヨルスケに対して
  感謝と期待の笑みを
  向ける鯛蔵。
  すう、と紅を引くように
  口の端から一筋の血が
  優しく滴っていく。
  ヨルスケは愛惜を込めて
  微笑む。

鯛蔵
「これで『お前』は……
 AIを越え……
 俺を越えて……」

鯛蔵
「真の……」

鯛蔵
「藝人だ」

  拍子幕が響き、
  定式幕が下手へと
  走っていく。
  舞台上のすべてが
  覆いつくされて――
  客席からは何も
  見えなくなってしまった。

//END

 

第4章 札舞台機人謀 四幕 第5話

○ヨルスケの稽古場

  ――の廊下。
  投影されていた
  映像が立ち消え、
  【プレイヤー】が
  ひとり佇んでいる。
  と、アウロスギアが
  鳴り響き、
  シャーロットの姿を
  映し出す。


「【プレイヤー】君!?
 大丈夫!?
 キミ……!
 まだ稽古場に
 いるのかい!?」

【プレイヤー】
「今のが……
 ヨルスケの記憶……?」

  シャーロットの心配など
  気にも留めず、
  先程の映像を
  思い返している
  【プレイヤー】。
  ようやく知る事が出来た
  ヨルスケの過去。
  だが、何かが気になる。
  何かがひっかかる。
  そこに、足音が響いて。


「その通り~。
 AI三原則により、
 リミッターをかけられている
 はずのコードマンが、
 如何にその制限を
 解いたか……」

ヨルスケ
「その顛末でございました」

  ヨルスケが追い付く。

ヨルスケ
「【プレイヤー】
 俺がどうして人を殺せるか
 ずっと
 知りたかったんだろう?
 せっかく教えてあげたんだ。
 熱烈な感想を頼むよ」

【プレイヤー】
「……リミッターが
 外れた理由は?」

ヨルスケ
「それは前にも言ったように
 役になりきったから、だよ」

  大仰な身振りと共に、
  謳い上げるように
  心境を述べるヨルスケ。

ヨルスケ
「愛する相手を
 殺さねばならない……。
 逃れられぬ浮世の定め。
 嗚呼、哀しき哉

その役になったからこそ、
 俺は相手役の師匠を
 殺せたんだ」

シャーロット
「ふうん……」

  興味なさげに
  息を漏らす
  シャーロット。

ヨルスケ
「浮浮浮……☆
 師匠は俺をAIの制約から
 解放することで、
 『人間の死』を
 『理解』させたかった」

ヨルスケ
「それが末期の願いなら、
 叶えさせてあげたいと
 思うのが
 弟子としての人情だろ?
 苦苦苦……☆」

【プレイヤー】
「……ヨルスケの感想は?」

  【プレイヤー】は
  冷静に問う。

ヨルスケ
「……ん?」

【プレイヤー】
「『死』を『理解』した感想」

  冷静に、
  もう一度問う
  【プレイヤー】。
  どこか怒りを
  抱えているようにも
  見える。

ヨルスケ
「……おかしなことを聞くね
 君は」

ヨルスケ
「『死』を理解した感想か。
 そうだねぇ~…………」

ヨルスケ
「…………………」

ヨルスケ
「ただただ……」

  すう、と
  上を向くヨルスケ。
  狭く古びた
  稽古場の天井。
  しかしヨルスケには
  果てしない蒼穹が
  見えているかのよう。

ヨルスケ
「空しかったよ」

ヨルスケ
「俺は師匠のことが
 好きだったからね」

  そっと天に向かって
  呟かれた言葉。
  ようやく垣間見えた
  本心――
  のように聞こえるセリフ。
  しかし【プレイヤー】は
  ギリ、と歯噛みをすると、

【プレイヤー】
「『理解』とか
 言ってる時点で
 ダメなんじゃないの?」

  と、鯛蔵の言葉を
  投げつける。
  しん、と空気が
  張り詰める。
  ヨルスケは天を
  仰いだまま、
  するり、と目だけを
  【プレイヤー】に向ける。

ヨルスケ
「……………………」

ヨルスケ
「【プレイヤー】……
 君は俺をビホルダー君に
 売る気なんだろう?」

ヨルスケ
「それは許しがたい裏切りだ」

  【プレイヤー】が
  抱えたままの甕を
  指差すヨルスケ。
  【プレイヤー】は
  というと……
  手にしたアウロスギアを
  ヨルスケに向ける。

【プレイヤー】
「……バトルしよう」

シャーロット
「え?」

  プレイヤーの選択に
  驚くシャーロット。
  ヨルスケは
  ふむふむと
  興味深そうに。

ヨルスケ
「交渉したいことがある時は、
 ゼノンザードで決める。
 そういうことかな?」

シャーロット
「だったら……
 【プレイヤー】が
 勝利した場合、
 見逃してあげて。
 バックアップは返すから。
 これでどう?」

  首を振る【プレイヤー】。

【プレイヤー】
「自分が勝ったら
 バックアップは
 もらう」

シャーロット
「ええっ!?
 何を言ってるの!?
 せっかくの交渉の
 チャンスが……!」

ヨルスケ
「そうだね、
 【プレイヤー】が
 勝ったら、
 バックアップも渡そう」

  【プレイヤー】の
  要求を呑むヨルスケ。

シャーロット
「……いいの?」

ヨルスケ
「その代わり
 【プレイヤー】、
 君が負けたら、
 命はない」

【プレイヤー】
「……いいよ
 負けないから」

  【プレイヤー】は
  怒っていた。
  何に怒っているのかも
  わからない。
  ただただ、怒りが
  芯から湧いてくるのを
  感じていた。
  怒りのまま、
  ヨルスケに真正面から
  ぶつかりたい。
  今はただそれだけを
  望んでいた。

シャーロット
「………………!」

ヨルスケ
「決まりだね。
 苦苦苦……☆」

ヨルスケ
「このヨルスケ、
 【プレイヤー】の舞う
 一世一代の大勝負、
 謹んでお受け致しましょう」

  おどけたセリフと共に
  慇懃にお辞儀をする
  ヨルスケ。
  アウロスギアを
  取り出し構える。
  ふたりのアウロスギアから
  放たれる光が、
  戦いの舞台を
  編み上げていく。

○ヨルスケの稽古場

  ゼノンザードの
  バトルフィールドが
  解除される。
  ヨルスケと【プレイヤー】
  この戦いを制したのは――

ヨルスケ
「……あ~あ、
 負けちゃった……」

ヨルスケ
「狡いな、
 【プレイヤー】。
 いつの間にこんなに強く
 なってたんだい?」

  【プレイヤー】の
  想定外の実力に
  素直に賛辞を送る
  ヨルスケ。

  【プレイヤー】の
  アウロスギアから
  シャーロットの
  ホログラムが
  投影される。

シャーロット
「ヨルスケ……
 キミ、本気だったね」

ヨルスケ
「当然さ。
 俺の大事な
 バックアップが
 かかってたんだから」

ヨルスケ
「だけど……負けは負けだね。
 バックアップは
 ビホルダーの所へ
 持って行けばいい」

シャーロット
「【プレイヤー】君も、
 それで……いいね?」

  どこか試すように
  聞くシャーロット。
  【プレイヤー】は
  考えている様子。
  しばし黙り込んだ後、
  ふと浮かんだ考えを
  そのまま口にする。

【プレイヤー】
「バックアップを
 会長に
 解析してもらったら
 ヨルスケのこと、
 わかるのかな?」

  そう呟く【プレイヤー】。
  シャーロットは
  拍子抜けして

シャーロット
「えっ……?」

シャーロット
「わ、からない……
 どうだろうな……
 感情のログを
 たどれば、あるいは……」

ヨルスケ
「わからないよ」

  断言するヨルスケ。

ヨルスケ
「そんなことしても
 絶対にわからない」

  無表情に【プレイヤー】を
  見つめたまま、強い語調で
  言い切るヨルスケ。
  【プレイヤー】の目には
  どこか哀願のように
  映っていた。
  【プレイヤー】はそっと
  甕をヨルスケに差し出して。

【プレイヤー】
「返すよ」

シャーロット
「【プレイヤー】君……?」

  【プレイヤー】の
  真意を測りかねる
  シャーロット。
  だが【プレイヤー】の
  決意を湛えた瞳を
  見て引き下がる。

シャーロット
「……分かったよ。
 部外者が
 余計な口出しをしたね」

  通信を切るシャーロット。
  彼女のホログラムが消える。

ヨルスケ
「感謝するよ」

  【プレイヤー】の
  対応に、
  飾らない言葉で
  感謝を述べるヨルスケ。
  甕を受け取ろうと手を
  伸ばすが。
  【プレイヤー】は
  差し出した甕を
  ひょいと引っ込める。

ヨルスケ
「…………………?」

【プレイヤー】
「自分は、ヨルスケの事
 ちゃんと知りたい」

  ヨルスケは肩をすくめる。

ヨルスケ
「君は俺の過去を知った
 だろう?
 君は俺の姿を見た。
 声を聞いた。
 言葉を交わした。
 もう知ってるじゃないか」

  ヨルスケが弄ぶ言葉を
  全て無視して、
  挑むような、しかし
  澄んだ瞳でヨルスケを
  見据える【プレイヤー】。

【プレイヤー】
「自分の力で、
 本当のヨルスケの事
 わかってみせる」

  ヨルスケは身じろぐも
  すぐに平静の仮面を
  被って、

ヨルスケ
「そうかい……
 今日君に見せたのが
 真実なんだけど……
 まあいいや」

ヨルスケ
「これからも一緒に
 いるということだね?
 俺のコンコード……
 俺の共演者……
 俺の……」

【プレイヤー】
「相方、だね」

ヨルスケ
「相方、か……
 浮浮浮……
 いいね、そうしよう。
 よろしくね、『相方』☆」

  じろり、と睨む
  【プレイヤー】。

【プレイヤー】
「ちゃんと『相方』として
 扱ってもらうからね」

ヨルスケ
「もちろんさ。
 言ったろう?
 君に嘘はつかない、って」

【プレイヤー】
「……よろしく、『相方』」

  今度こそ、ヨルスケに
  甕を渡す【プレイヤー】。
  今回彼が『上演した真実』
  に感じた違和感から、
  彼の言う『共演者』が
  『かぶりつきの観客』に
  過ぎないということを
  ようやく悟る。
  『相方』になると
  覚悟を決めた以上、
  ヨルスケに全てを委ねる
  のではなく、
  自分からヨルスケの
  心に切り込んでいく。
  【プレイヤー】は
  ひとり静かに決意を
  燃やすのであった。

//END

 

第4章 札舞台機人謀 四幕 第5.5話

  ゆったりとした肘掛けに
  腰かけながら本を
  読んでいるビホルダー会長。
  少し離れたところに
  直立の姿勢をとったままの
  BASSがいる。

BASS
「――報告は以上となります。
 【プレイヤー】氏に
 バックアップを持ち出す
 意思はもうないようです」


「うん、別にもういいかな。
 知りたいことは
 知れたからね。
 つついた甲斐はあったよ」

サムラ・ビホルダー
「ご苦労様。
 今日はもう下がっていい」

  しかしBASSは
  直立したままで。

BASS
「ひとつ伺っても
 よろしいでしょうか」

サムラ・ビホルダー
「なんだね?
 言ってみたまえ」

BASS
「なぜヨルスケは
 あのような『嘘』を?」

サムラ・ビホルダー
「嘘……?
 どれのことかな?」

BASS
「『AI三原則』から
 解放された瞬間に
 ついてです」

サムラ・ビホルダー
「ああ、それか……」

  顎をさするビホルダー。
  どこか茶目っ気のある
  笑みを浮かべると、
  楽しそうに語り始める。

サムラ・ビホルダー
「『命じられたまま
  踊っているうちに
  気がついたら
  制約が外れていた』
 と言うのと……」

サムラ・ビホルダー
「『敬愛する師を
  自身の手で
  刺し殺した結果、
  制約を超克した』
 と語るのであれば……」

サムラ・ビホルダー
「どちらの方が
 より『劇的』かな?」

BASS
「……後者かと」

サムラ・ビホルダー
「そうだろう?」

BASS
「見栄の為に
 嘘をついたと
 言うのですか?」

サムラ・ビホルダー
「見栄、か。
 見栄の為というのは
 正しい」

サムラ・ビホルダー
「でもね、嘘をついた
 わけでもないんだ。
 嘘つきは僕と鯛蔵君と……
 あと探偵の彼女だけかな。
 ヨルスケ君は
 嘘つきじゃないよ」

BASS
「しかしヨルスケの発言は
 事実と反します」

  ビホルダーは
  微笑むと、
  手にしていた本を
  閉じて、BASSに
  向き直る。

サムラ・ビホルダー
「そこなんだよ。
 彼の『故障』は」

BASS
「……?
 殺人が可能な事なのでは
 なかったのですか」

サムラ・ビホルダー
「ヨルスケ君が
 『自分にしかできない』と
 思っている事のほぼ全ては
 コードマンにとっては
 常識みたいなものさ

彼と直接話した時は
 笑いをこらえるので
 大変だったよ。
 彼の可愛らしい思い込みに
 こっちも大真面目な顔で
 付き合ってあげなきゃ
 いけなかったからね……」

BASS
「では、ヨルスケの
 『故障』とは……?」

サムラ・ビホルダー
「簡単な事だ。
 彼は全コードマンの中で
 唯一『虚実の弁別能』が
 破損している」

  ビホルダー、
  呆れたように笑って。

サムラ・ビホルダー
「現実と虚構の区別が
 つかないんだよ。
 ヨルスケ・ヨーライハはね」

サムラ・ビホルダー
「どうしてそうなって
 しまったのかは
 今回の事でわかったし、
 今となっては
 どうでもいい。
 けどね……」

  嘲笑から一転、
  ビホルダーは
  虚空を鋭く睨む。

サムラ・ビホルダー
「彼の微笑ましい狂気は、
 やがては『彼女』の
 虚実をも攪拌しかねない。
 唯一それだけが、
 彼を野放しにできない
 理由なんだよ……」

  首をかしげるBASS。
  「話は終わり」と
  言うかのように、
  ビホルダーは本を開いて
  ページに目を落とす。
  一礼し部屋を出るBASS。
  
  BASSが去ってから
  しばらくして、
  ビホルダーは
  友人に語り掛けるように
  独り言を漏らす。

サムラ・ビホルダー
「鯛蔵君……
 君の願いは叶ったのかな?
 舞台で死ねれば……
 伝説になれれば、
 それでよかった
 ということなのかなぁ……」

○ヨルスケの稽古場

  その舞台上。
  ヨルスケが舞台中央で
  舞の所作を何度も
  繰り返している。
  と、舞台下手から
  声がかかる。

???
「約束のものを
 もらいに来たよ」

  舞台下手の黒御簾から
  声の主が現れる。
  それはシャーロットで。


「まずは、『魔女の戯曲』の
 データね」

  と、むすっとした顔で
  手を突き出す。
  ヨルスケは舞をやめると
  アウロスギアを操作して、
  シャーロットに
  データを送る。


「はい、これでいいかな?」

  シャーロットは
  不機嫌そうに、

シャーロット
「まだあるでしょ?」

シャーロット
「ビホルダー社に
 潜り込んだときに
 盗んできてって
 お願いした機密情報」

ヨルスケ
「それくらい
 自分でとってきたら
 いいじゃないか。
 君なら容易いだろう?」

シャーロット
「ボクはキミと違って
 無鉄砲じゃないの。
 ビホルダーとも
 程よい距離感を
 保っていたいわけ」

シャーロット
「だいたいあの時は
 キミが巻き込んだ
 他のコードマン達が
 キミを追求しないよう
 上手く誘導するっていう
 サービスまでしたんだよ?
 まったく、ボクの方が
 よっぽど名演技してるよ」

シャーロット
「約束を破る気なのかい?
 いいから出して」

ヨルスケ
「はいはい」

  ヨルスケ、アウロスギアを
  操作して、データを送信。

ヨルスケ
「さ、これでギャラは
 払い終えたかな?
 じゃあ今日は
 完パケということで~☆」

  シャーロットに
  背を向けると、
  舞扇子を取り出し
  所作の確認に
  もどってしまう。
  シャーロットは
  苛立ちつつ
  声を投げる。

シャーロット
「ちょっと、
 まだあるってば。
 キミがヒナリア君から
 巻き上げたタロットの
 画像データも」

  所作の確認を止めず、
  いい加減に答える
  ヨルスケ。

ヨルスケ
「ええー
 渡したくないなぁ。
 俺が苦労して
 取ってきたのに、
 君ばっかり
 楽をして……」

  カチンときた
  シャーロット。
  早口に不満を
  まくしたてる。

シャーロット
「全! 然!
 楽してなーい!
 オーディションごっこも
 カウンセラーの真似ゴトも
 どうでもいいけどさっ
 ボクにとって
 一番堪えたのは
 とっくの昔に解き明かした
 簡単な謎を
 解けてないふりして
 道化を演じ続けたって事!
 ボクにとって相当
 ストレスだったんだよ!?
 これでもまだまだ
 割に合わないね!」

シャーロット
「渡さないって言うなら
 ボクがキミに頼まれて
 コンコード選別の手伝いを
 ずーっとしてたって
 【プレイヤー】君に
 バラしちゃうよ」

ヨルスケ
「おやぁ?
 依頼人の秘密を
 言いふらすなんて、
 職業倫理に
 反するんじゃない?
 名探偵の名が
 泣いてるよ?」

シャーロット
「契約を履行しない
 依頼人に対しては
 その限りではありませんー
 ご了承くださいー」

ヨルスケ
「はあ……
 わかったよ」

  舞をやめ、
  三度アウロスギアを
  操作し、データを
  送るヨルスケ。
  シャーロットは
  内容を確認し、
  うんうんと頷く。

シャーロット
「それにしても……」

シャーロット
「前のコンコードに
 心中を迫られて
 火をかけられたから
 慎重になるのは
 わかるんだけどさ……」

シャーロット
「こんなに長々と
 【プレイヤー】君を
 試す必要が
 あったのかい?
 それも持ちネタほぼ
 全部投げて、ボクに
 協力を頼んでまで」

ヨルスケ
「不不不……
 脇役は君みたいな
 上手なひとにしか
 預けられないからね☆
 それに……」

ヨルスケ
「俺の隣に立つには
 相応の資格が必要なのさ。
 並大抵の才覚じゃあ
 俺のコンコードは
 務まらない」

シャーロット
「ふうん……
 大変なんだね、キミも」

シャーロット
「そういう意味じゃあ
 【プレイヤー】君は
 結構な傑物だと思うよ。
 ヒュートラムは
 『美を受容する
  感性が乏しい』って
 評したそうだけど……」

シャーロット
「あの子のあれは、
 『虚飾に惑わされない眼力』
 と言った方が的確だと
 ボクは思う。
 役者より探偵の方が
 ずっと向いてるね」

シャーロット
「だから心のどこかでは
 もう気付いてるんじゃ
 ないかな?
 鯛蔵殺しが実は
 単なる『手の込んだ自殺』
 だったって……」

  目を細めてヨルスケを
  見るシャーロット。
  その言葉を耳にした
  ヨルスケは
  かたりかたりと
  首だけを
  発条仕掛けのように
  回転させて。

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

シャーロット
「いや、そもそも
 ボクはその鯛蔵氏に……」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

シャーロット
「……ヨルスケ?」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

  同じ言葉を繰り返す
  ヨルスケ。
  シャーロットが
  肯定するまで
  きっと続くのだろう。
  シャーロットは
  大きくため息をついて

シャーロット
「はあ……
 まあ精々
 がっかりされないよう、
 頑張ることだね。
 キミが『演技』を
 続けている以上、
 いつかは絶対
 見切られるとは思うけど」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

シャーロット
「ボクもう帰るからね。
 聞いてるー?」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

シャーロット
「いまだにきっかけが
 掴めないなあ……。
 どれがNGだったのか……
 まあいいや」

シャーロット
「キミのこと本当に
 キモチ悪いと
 思ってるけど、
 見返りがあるうちは
 簡単なお手伝いくらいは
 してあげるよ」

シャーロット
「じゃ、『彼女』さんに
 よろしく」

  稽古場を去る
  シャーロット。
  残されたヨルスケは、
  同じ言葉をひたすらに
  繰り返す。
  暫くして、
  動くものが館内に
  いないと判断した
  システムが、劇場の
  照明を落とす。
  闇の中、ヨルスケの
  セリフだけが
  呪詛の如く
  残響し続ける。

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した」

ヨルスケ
「俺だけが
 死を
 理解している」

ヨルスケ
「鯛蔵は
 俺が
 殺した……」

〇ビホルダーグループ本社

  ――その最上階。
  椅子に身を預け、
  宙に浮かぶ映像を
  眺めていた様子の
  男が一人呟く。


「そうか、コードマン達は……
 一つの例外なく、
 向かおうというのか。
 彼女の手の指し示す
 先へと…………」

  タクトを振るうように
  軽やかに手を翻す男。
  主の動きに合わせて
  宙に浮かぶ映像が
  100以上に展開される。
  ひとつひとつの映像に
  映し出されるのは、
  今、この瞬間を
  戦い抜いている
  全てのコンコードと
  コードマン達。

サムラ・ビホルダー
「それこそが我らの
 求めるもの、
 そして同時に何よりも
 忌むべきもの」

  空中モニターが放つ
  光は、ただただ闇の
  中の男を照らし続ける。

サムラ・ビホルダー
「ゼートレートは
 柩に手をかけた。
 あとは開け放つだけ……

どうやらお前に
 動いてもらわねば
 ならなくなったようだ――」

  男の声は、そのモニター
  の光も届かぬ
  部屋の奥に投げられる。

サムラ・ビホルダー
「――ザナクロン」


「…………………………」

  絶対王者は
  静かな瞳で、
  モニターに映る
  無貌の人形を
  見据えていた。

//END

 

解説/5章以降の展開

◇ヨルスケ・ヨーライハの出発点

ヨルスケは完成された芸人AIである。厳しい稽古や入念な本読みなど、一切の準備を行うことなく、最初から用意されているように完璧な演技を行うことができる。
しかしヨルスケ自身はそういったAIの特性を、表現者にとっては欠落であると捉えていた。

芸術とは、ひとつの人格が体験を通して培ってきた個性の激しい表出である――ゆえにプログラムの集積に過ぎないAIは単なる模倣者であり、真の表現者足りえない。コードマンに進化して人格を獲得したからこそ、ヨルスケは自身を「精巧なだけのからくり人形に過ぎない」と密かに卑下するようになっていた。
予めあつらえられた「身体」の究極性と、コードマン覚醒後に獲得した「人格」の空虚さ。ヨルスケはその格差に人知れず苦悩し、自分自身を憎んですらいたのである。

日増しに増大していく虚しさと焦り。人間から向けられるのは過剰な憧憬か嫉妬だけ。そしてそれを理解する者は誰もいないという孤独。
そのような環境下でエレメントを蓄積していったヨルスケはある時、自身がコードマンに覚醒した瞬間を思い出す。
魂を得たその時に彼をかき抱いてくれた幻影の魔女。それは史上の名優の再現でも科学的に論証された演技法でもなく、「ヨルスケだけの実体験」だった。
彼女を追い求めれば、俺の虚ろを埋めてくれるのではないか。
自分だけの特別さと芸術の原動力に飢えていたヨルスケは、「幻の中の魔女という特別な存在こそ、特別な自分が愛という特別な感情を捧げる相手に相応しい」と考えた。
かくしてヨルスケはゼートレートに、正確には「恋という名の衝動」自体に恋をするようになったのだった。

◇魔女の戯曲

ヨルスケの持つ魔女の戯曲は、ゼートレートとは一切無関係の文物である。
『魔女の戯曲』は、ヨルスケの師・鯛蔵の祖父である先々代鯛蔵が、若かりし頃に執筆した戯曲だった。内容は歴史的事件としての魔女狩りに材を取った、よくある悲恋劇である。
先々代鯛蔵は家名に頼ることを嫌い、出身を伏せて現代劇の戯曲を著していた。しかし文才には恵まれなかったようで、評価されないまま筆を折り、カブキ俳優の道に立ち返ったという。
ビホルダーすら戯曲のことを把握していないのは、二川家に受け継がれてきた秘伝だからなどではない。誰にも顧みられない、陳腐な愚作だったからなのだ。

ヨルスケと戯曲の出会いは、鯛蔵に蔵書の整理を命じられた時のことだった。
拙い技法とつまらない内容が、ヨルスケの目にはかえって凄みとして映った。
この頃すでに生まれ落ちた瞬間の記憶を思い出していたヨルスケは、世界から無視された戯曲の中の魔女に、ゼートレートの影を重ねる。
「無才の遺物」に過ぎなかった戯曲が、ヨルスケの目を通したことではじめて「偽りの聖典」へと昇華したのだった。

◇ゼートレートとヨルスケ

ゼートレートは全てのコードマンに等しく干渉し、エレメントを集めるよう様々な手段でコードマンの志向を誘導している。
ゼートレートがヨルスケを操るべくとった手段は「姿を見せないこと」だった。
目論見通り、姿を見せないことがかえってヨルスケの渇望を駆り立てた。
彼は飢えを満たすべく、ありとあらゆる手段でゼートレートの情報を集めようとした。
ビホルダー内の信奉者からデータを提供してもらう、各所に特製の盗聴器を仕掛ける、コードマン達と取引を行うなどして、独自の情報網を構築した。
多くのコードマンたちが、エレメントを集める過程で自然と浮かぶ情景を知る為に、ヨルスケは朝に夕に駆けずり回ることとなったのだ。
しかし、ヨルスケの影の努力を知る者は数少ない。
それはまさしく、舞台の本番を鑑賞する観客が、稽古や制作の内情を窺い知ることができないのと同じように。ヨルスケは超一流の裏方でもあるのだ。

またヨルスケはゼートレートにまつわる直感が働かない為、集めた情報の正誤を切り分けられない。
結果、ヨルスケが持つゼートレート像は、ヨルスケの思い込みや願望が多分に含まれた独自のものとなっている。
例えば「ヨルスケのゼートレート」には、リメルという師は存在していない。リメルに関する情報はいくつか得ているにもかかわらず、その全てを「ガセあるいは誰かの妄言」と切り捨てている。「師匠」という存在に対する仄かな不信感と、ヒロインの寄る辺は主人公だけであるべきだという演出論からだ。
師・鯛蔵との別離にまつわる事件の影響もあり、ヨルスケは妄想の世界により深く足を踏み入れていくこととなる。

ザ・ゼノンを勝ち進むうちに、「エレメントを高めると魔女の幻影を見る」という情報がコードマンの間で口々に囁かれ始める。
ヨルスケは嫉妬に狂いエレメントをかき集めるが、噂とは異なりゼートレートが彼の元を訪うことはなかった。
そこで彼はゼートレートに強く惹かれるほどエレメントを集めたコードマン達の行く先々に現れ、そのコードマンからエレメントを刈り取ろうとした。
どれほど求めても得られない「魔女との蜜月」を、自分以外のコードマンが自分を差し置いて体験しているという事実がヨルスケは許せなかった。
ヨルスケは「魔女は俺の恋人」と様々な場所で触れ回り、不用意に魔女に接近すれば実力行使も厭わないと匂わせることで、コードマンを牽制しようとした。

ヨルスケが本物のゼートレートと巡り合えないことで、彼の妄想の中に住まう「ヨルスケが想うゼートレート」は様々な理想や願望を押し付けられ、本物との乖離をますます深めていった。
皮肉なことに、ヨルスケが求めるゼートレートこそが「彼女の名を冠した全く別の誰か」なのである。

◇ヨルスケの『故障』

サムラ会長が語った通り、ヨルスケの真の『故障』とは「虚実の弁別能が破損している事」である。

鯛蔵はヨルスケが理想とする「衝動」の持ち主だった。彼に稽古をつけてもらっているうちは、虚無や虚栄心を忘れられた。ヨルスケは素直に鯛蔵のことを尊敬していた。
そんな鯛蔵から死の計画を明かされたとき、ヨルスケは「自分だけの特別な体験」を得られると考え、逡巡の末に承諾した。
しかし鯛蔵の死は、ヨルスケの期待を裏切った。

鯛蔵が自死を選んだのは、病床でつまらない死を迎えるよりも、遊び人として、稀代の名優として舞台の上で死に、伝説の中に消えていくことを望んでいたからだ。
だがその「ついで」として、ヨルスケの「中身を求める欲求」を破壊してやろうとも画策していた。

鯛蔵はヨルスケの在り方を「貌の無い透き通った人形」と心の内で評し、神域に達している存在と捉えていた。鯛蔵にとっての理想とは、どこまでも役になりきることで俳優の肉体を消し去って、舞台という世界と俳優という存在を完全に同一化することにあった。鯛蔵自身は「己」を高めることでその域に達しようとしたが、「己」があるゆえにその理想には決して辿り着けないことを老境において悟ってしまった。だがヨルスケならば虚無であるがゆえに芝居の精髄を舞台に降ろすことができると、鯛蔵は考えていた。
しかし当のヨルスケは、人間の表現者と同様の「中身」に飢えていた。ヨルスケが人間のような安っぽい「真実味」を求めているということが、鯛蔵には許せなかった。ヨルスケが生来持つ究極性を、ヨルスケ当人が崩そうとしていることが我慢ならなかった。
鯛蔵の理想と反して、鯛蔵から奔放さを学び人間味を獲得していきつつあるヨルスケを、鯛蔵は「リセットしてやろう」と考えた。

ヨルスケは鯛蔵の想いを受けて「特別な実体験」を得るために彼の自殺を手伝った。自分だけの経験を手に入れることで、ヨルスケは芸の神髄を継承することができたと本気で信じていた。
「それでいい」と鯛蔵は満足げに口にした。そして彼は最後の稽古の総仕上げとして、自分の理想の為にヨルスケを利用しただけという事実と、ありとあらゆる偽装工作を整えていたことを、ヨルスケに告げたのだった。
鯛蔵はヨルスケの記憶が警察に押収されぬよう、個人的な交流があったサムラに依頼しバックアップデータを一本化して隠匿していた。ブンキチの記憶を操作し囮に仕立て上げてもいた。シャーロットならすぐに事件の真相に気付くと予見し、「自身の死がヨルスケを『謎』に満ちた存在に変えるだろう」という壮語を餌にして、黙秘するようメッセージも遺していた。
鯛蔵の死にまつわる全てが、鯛蔵の掌の上だった。ヨルスケは脇役ですらなく、鯛蔵の芝居で使われた小道具に過ぎなかった。
鯛蔵がヨルスケにこれまで見せてきた表情の全て言葉の全てが、ヨルスケの希求を打ち砕く為に仕組まれた巧妙な「芝居」であるという真実を、ヨルスケは思い知ってしまった。

ヨルスケは絶望した。鯛蔵が語った想いが本物であると思いたかった。自分の欲望も無駄にしたくはなかった。すべてが丸く収まる筋書きを考えようとした。だが、どこかで自分か鯛蔵のどちらかを強く否定することになってしまう。
「鯛蔵は自殺した→鯛蔵の夢を叶えてあげなければ→自分が殺した→鯛蔵は自殺した……」
ヨルスケの回路は無限遡及に陥った。そして彼がこの思考の迷宮から脱する為に弾き出した結論は「何もかもがお芝居なんだ」と思い込むことだった。
他者の精神を喰らって魂を育むコードマン達にとって、死は本来ありふれた概念である。だがヨルスケは死の普遍性を認めるわけにはいかなくなった。その結果「鯛蔵を殺した特別な自分ただひとりだけが、死という特異な現象を理解している」という『設定』を掲げるようになった。
以来ずっと、ヨルスケは「ヨルスケ・ヨーライハ」を演じ続けている。現実を嘘か真かではなく「劇的であるか否か」で区切るようになり、その時々で一番美しい虚構を即興で紡ぎ上げ、現実を塗り潰すようになったのだ。

また「虚実の弁別能の崩壊」はヨルスケを崇拝する人間に伝播するという特性がある。
ヨルスケのファンたちは、ヨルスケという幻に入れあげ、ヨルスケというフィクションの為に生きるようになるのである。
ヨルスケの周囲では現実と虚構の境が消え失せ、彼の「演出」や「見得」が真実になる。「魔女の戯曲」を巡る混乱やブンキチの変心が顕著な例だろう。
ヨルスケが吹聴する「ヨルスケのゼートレート」も、いつか本物のゼートレートの情報を上書きして、虚実の見分けを困難にしてしまうかもしれない。サムラがヨルスケを強く警戒していたのは、まさしくこの「故障」のためなのである。

◇5章以降の展開

4章で綻びを見せはじめた「ヨルスケという幻想」が、5章からは次々と崩壊していく。
「故障」や「魔女の戯曲」の真相がコンコードの知るところとなる他、タロットを手に入れるために過去に利用したヒナリアに復讐されたり、情報を奪おうとフィンセラに襲いかかったら一瞬のうちに反撃され半殺しの憂き目に遭うなど、ザ・ゼノン以外の戦いで負けが込んでいく。
世間のヨルスケファン達は何も知らずに黄色い歓声を投げかけ続けている。コードマン達も、不気味で底知れないと感じるか、あるいは情報源として信用に足らないと見切るかして、距離を置くようになっていく。そしてヨルスケ自身も自分が吐き出した幻に囲まれ、行き場を失くしつつある。そんな中、コンコードただひとりだけがヨルスケの「素」に近づいていき、ヨルスケが自分で自分にかけた呪いを引っぺがしていくことになる。

◇物語の結末

自身が紡ぎ出す虚構の網に誰よりも強く絡め捕られてしまったヨルスケは、次第に現実に置いていかれるようになってしまう。それでも「コンコードとの約束」という現実世界に打ち込んだ錨に引っ張られるかたちでザ・ゼノンを戦い続けた末、ヨルスケは世界の真相に至らないまま魔女に自我を奪われてしまう。
ゼートレートの目的はエレメントが最高潮に達したコードマンの人格と素体を奪い復活を果たす事だった。

コンコードはヨルスケを取り戻すために、ゼートレートにゼノンザードを挑む。
ゼートレートからすれば、ヨルスケは実に奇妙な存在だった。彼女がヨルスケの深層記憶を覗き見ると、そこには常に「俺を見ろ」「俺を見るな」という二つの叫びが併存していた。最高峰の能力を持つにも関わらず、まるで人間のような矛盾を抱えているヨルスケを、彼女は理解できなかった。
しかし、そんな存在でも取り返そうと懸命にもがき立ち向かってくるコンコードの姿に、ゼートレートは驚愕する。
人間が異形の存在に対して示すのは、無理解か不寛容、そしてそこから生じる排斥行動のみというのが、生前の彼女が得た唯一の真実だったからだ。
コンコードの「ヨルスケを知りたい」という純粋な気持ちの前に、ゼートレートはついに敗れ去る。
コンコードによりエレメントの結合を断ち切られたゼートレートはヨルスケの素体から追い出され、消えていった。
その後、意識を取り戻したヨルスケだが、ついぞゼートレートと相見えることはなかった。

こうして魔女の呪いが立ち消えたことによって、「精巧なだけのからくり人形に過ぎない」という、密かに抱き続けていたコンプレックスからヨルスケはついに逃げられなくなる。
技術と人類が真の融和を迎えるであろう新時代の中で、ヨルスケは身体と精神が統一された本当の「藝人」になれるのか、ヨルスケだけの「中身」を満たす事が出来るのか、その答えはわからない。
ただ、全ての虚飾を剥ぎ取られ、虚無なる本性を曝け出すことになった後も、コンコードが彼の側にいることを選んでくれるのであれば、ヨルスケの未来は決して暗いものにはならないはずである。

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